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いろいろなこと
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いままで、ご紹介した一皿
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淑徳大学・春季公開講座始まる 2013/04/08
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4月6日土曜日から、『唎酒師から学ぶ おいしい日本酒』第三期講座が、池袋駅近くの淑徳大学サテライトキャンパスで始まりました。
講座は午後3時からでしたが、その日は爆弾低気圧接近の影響で、前日の夜から暴風雨との予報。心配しましたが、ほとんどの方が出席してくださいました。受講生の皆様、雨の中、お疲れ様でした。
今回のテーマは、「いま、なぜ日本酒は歴史上最高の味といわれているのか―美味しくなった日本酒の現代史を見ていく―」です。ここ10年位、本当に美味しいお酒が増えましたが、どういう流れがあって、日本酒の「いま」があるのか、戦後からここに至るまでの日本酒の歴史をお話ししました。大筋だけ少しお話ししましょう。

戦後、食べるお米にも事欠いていた時代に、お米をたくさん使う日本酒造りは大変なことでした。そこで少ないお米でできる、糖類や酸味料で味を補う、俗にいう「三増酒」がたくさん造られました。味うんぬんよりも、「酔う」ためのお酒でした。
昭和30年第後半、雑誌「酒」編集長だった佐々木久子氏が「越の寒梅」を週刊誌で「幻の酒」として発表し、丁寧に醸す本来の地酒の旨さが評判となりました。
昭和40年から50年代は、テレビで大々的なCMをして全国的に販売を伸ばす大手のお酒を好む人たちがいる一方、地酒の美味しさを求める声も強くなりました。日本酒の嗜好の二極化が顕著になった時代です。
昭和60年代になると、技術革新で美味しい日本酒が次々と出てきました。昭和60年の全国新酒鑑評会で、静岡の17の蔵元が一気に入賞し、「開運」(土井酒造)や「磯自慢」(磯自慢酒造)など静岡のお酒が大ブレイク。フレッシュでフルーティな香りとすっきりとした味わいが、今までの日本酒が苦手な人や女性にも受け入れられていきました。同じころ、山田錦と熊本酵母を使ったきれいで香りのある「大吟醸酒」もブームになりました。
平成に入り、「十四代」(高木酒造)が雑誌「シンラ」に取り上げられ、お酒と同じくらい、造り手である高木顕統氏が注目を浴びました。静岡酒ブームで火がついた新しいタイプのお酒は、若くストーリー性のある造り手が醸すことでさらに進化をとげました。
高木さんのように、跡継ぎの蔵元自らが酒造責任者として独自性のある酒造りをしている若い世代が全国に増えました。洋食始めあらゆるものを食べて育った人たちですから、味覚も戦後とは違い、日本酒に求める味も当然違っています。テーブルにおかれる白ワインのように、あらゆる料理と合う食中酒としての日本酒を意識しています。
酒蔵や酒販店の地道な販売努力は、世界にも向けられ、今ではアメリカ始め、ヨーロッパやアジアでも、日本酒を飲む人が着実に増えてきました。
全般的に酒質があがってきたと同時に、国内の各試飲会に若い人の姿がずいぶん増えました。そんなことから、日本酒に新しい時代がやってきたことがわかります。

……と言ったお話しを1時間しながら、それぞれの時代を象徴する日本酒の試飲をしていただき、日本酒の戦後の歴史と未来を体感していただきました。

後半の1時間は、私が作った季節の料理と3種の日本酒の相性テストをした後、お酒の温度帯を変えて、さらに日本酒と料理の味わいを楽しみました。
今回のお料理は、「若竹煮」「木の芽和え」「桜ごはん」「蕗の葉の佃煮」。
「若竹煮」は、前日に茹でておいた熊本産の筍と、旬を同じくする若布と蕗を炊き合わせた「出会いもの」。
庭の山椒の木に軟らかい木の芽がたくさん出ていたので、朝つまんで、アタリ鉢でたたき白味噌と混ぜ、筍の穂先を和えて「木の芽和え」。
八重桜の花と桜えびを炊きこみ、炊きあがりに菜の花を混ぜた「桜ごはん」。
湯がいた蕗の葉をかえしと酒で煮た「蕗の葉の佃煮」。

始めて私の講座に参加された方は、一回目から試飲があることと、料理の多さにびっくりされ、夜ごはんが要らないくらいの満足度とおっしゃっていました。コストパフォーマンスの良さはどこにも負けない自信があります。
私がここまでするのは、皆さんに「日本酒と日本の季節の味を再発見」してもらいたい、受講生の方には200%の満足度でお帰りいただきたいと思っているからです。
まだ数名の参加が可能です。後2回ではありますが、ご縁があればおいでください。
楽しみにしております。





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